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2010年5月 1日 (土)

トキオノバ会2010年04月追補

トキオノバ会2010年4月の追補です。
 本編で

「プレイヤーとマスターの視点を同時に持てない」

という問題が発見されましたが、結局、効果的な解決方法を見出せずに時間が来ました。不在だったメンバーのためにも、この問題を洗い出しておこうと思います。

 実は今回、というかいつも通り、マスター役とプレイヤー役を一人二役で発表してもらっているわけなんですが、同時処理ができないので交互に処理していた。
つまり、

プレイヤーとして思考して発言
       ▼
頭の中を入れ替える
       ▼
マスターとして思考して発言

これを繰り返していたわけです。

 問題はこの切り替えに時間がかかっているところで、パソコンで言う“重たい”状態になって発言量が減ってしまうようです。

 そこで対策(仮)を考えてみました。

「作業の割合をどちらかに偏らせてしまう」

もちろんプレイヤー側を増やします。

 プレイヤーが担当キャラクターの行動の描写だけではなく、結果や相手の反応をある程度折込済みで発言する。マスターはプレイヤーの発言の中で問題があったところを修正するか、欠けていたところを補足するだけにしてしまう。こうするとマスターはほとんどしゃべる必要はなくなります。

 そしてそのためには、事前にキャラクターを作りキャラクター全体の方向性や定番の行動(の結果)を明らかにしておく必要があります。つまり、バランスとかチョイスしたネタの是非といったマスター的思考はデータの作成時にやっておき、発表時にはプレイヤーの方に集中する。マスターとしてはうなずくだけにしておく、というものです。

 …なんか今までと変り映えしてない気がするな。

 この作業を通してマスターとプレイヤーの視点を融合できれば良いのですが、今までの経験からすれば、楽観できません。

この問題の根元はやはり本編にあった、

「頭では分かっているのだが、感覚的にピンと来ない」ですから。

「感覚的に分かっていない≒すばやく動けない≒処理に時間がかかる」というわけです。

感覚がないから動けない、
       ▼
動けないから経験できない。
       ▼
経験しないから感覚は身に付かない

とまさに負のスパイラルです(頭がイタイ…)。やっぱり直接対策が必要だと感じます。そこでメンバーの現状を考えると、

 デジタルゲーム≒CS(クライアント・サーバー)方式でしか遊んでいない。アナログゲーム≒PP(ピア・ツー・ピア)方式でのプレイ経験がない。当然アナログゲームの感覚は理解できない。ということではないかと思われます。

※PPとCSについては
→hekc080203テーブルトークロールプレイングゲーム:参加者総GM化計画
http://kokutoarchives.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/hekc080203_2a69.html

●推測その1
 TRPGでCS方式が確立される前からやっている人たちは、CS方式はたくさんあるプレイスタイルの一つに過ぎないことを知っている。悪くするとゲームですらない混沌とした状態から、一定の秩序を組み上げ、ゲームに見えるようにした体験がある。TRPGにはCS方式以外のゲーム形態の可能性があったことを知っている。それが門倉直人氏が提案してきた「GMのいないRPG」などのベースになっていると思われる。

対策:
 これは体験時期の問題なのでなんともし難いと考えます。逆に今ならシナリオクラフトやWローズといったものを遊ぶことで追体験できないかと考えます。

●推測その2
 全体を見ながら部分をプレイする感覚は別のアナログゲーム経験から培われた可能性がある。アナログのボードゲームやウォーシミュレーションゲームをプレイする感覚がそれに当たるのではないかと思われる。ゲームの全体像を捉えながら、各々のユニットの視点も併用する感覚です。ゲームの全体像が明かされていない場合が多いデジタルゲームではプレイヤーは自分の分かる範囲でしかプレイできない。

対策:
 これってほかの分野でも経験できそうな気がします。本編にあったサッカーなどの例もそうですが、会社や組織など、何か大きなものの一部として活動するときの感覚も当てはまると思います。こういう経験がないかちょっと探してもらおうと思います。

●推測その3:
 過程を表現する経験が少ないか皆無である。デジタルゲームでは処理も表現も全部ゲーム機がやってくれるから、メカニズムは理解する必要が無いし、結果を考える必要もない。TRPGのCS方式では、プレイヤーのときは選択するだけ、結果の処理や描写はマスターがやるから、プレイヤーが表現するということが想像できない。マスターのときの表現は判定の結果だけを示せば良いので原理(なぜ)や経過(いかにして)を表現する感覚が無い。

対策:
 自分の感情や意思を外部に発表したことが無いという人はいないと思うのですが、ここで求められるのは、メカニズムを理解して、その進行過程を表現することです。TRPGならそれはまずルールでしょう。特に数字ではなく、それ以外の形で捉える作業が有効かと思います。まず判定ルールの捉えなおしが急務かな?

●結論:
 まず全体的にとかは考えず、とりあえずでキャラクターを徹底的に詳しく作ってみる。そしてできたキャラクターがどんなキャラクターなのかをみんなで分析する(ゲーム全体における立ち位置や性格・能力の詳細など)。
 このときダメ出しはなし。上がってきたキャラクターは独立したものとして作者とは結びつけない。読み取りに徹する。この作業を通して、全体やメカニズムを意識に上らせられるようになったら、いいなあ…

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